朋あり 15分のために遠方より来る
京都滞在も5日目なわけですが、1日3回は「やっぱり京都はいいなぁ、暑いけど」と若干関西弁のイントネーションで言いながら過ごす日々を送っています。
そんな中で、昨日はとても嬉しいことがありました。
仕事終わりに大学時代の友人から連絡が飲まないか、と連絡が来たのですが、実はそのあと別の飲み会が入っていたため「1時間なら」とやり取りをしたのです。
彼も快諾してくれたのでその場でお店を決めて先に入っていたのですが、待てど暮らせどやってこない。
結局彼が来たのはその40分後で、15分しか時間がなかったのですが、とりあえず乾杯をして軽くつまんでばーっと話をして、予定通りの解散時間に「じゃ、また!」と言って別れました。
何でもないことですが、これができる京都という街、大学時代に出会った友人らが本当に有難く感じた瞬間でした。
東京だと、いざ向かおうと思っても電車の時間が合理的に決まりますから、間に合わない時は絶対に間に合いません。そこは個人がどうこうできるものではない。
ただ、京都なら(もちろん、他の街でも)自分が自転車を速く漕げばそれだけ早くつく可能性がある。
そこには、自分の意思と行動力で何とかできる余地が存在している。
また、たまに酒の席で話しますが、自分は「友達を作る理由がない」と思っていた時期があり、周りとのコミュニケーションに振り分ける労力を最小限にして過ごしていました。
そんな自分に、こんな風に15分のために自転車で汗だくになってやって来てくれる友人がいる。
たまに「自分が京都好きなのは、取り戻せない大学時代に囚われているだけなのでは」と思うこともあるのですが、こうした出来事に触れ、今も楽しい出来事が積み重なるにつれ、「ああ、やっぱり京都で暮らしていきたいなぁ」と思うのです。
東京にも素晴らしい友人が(本当に有難いし、信じられないことに!)たくさんいるので寂しい気持ちはあります。
ただ、それはそれ。
別に地球の裏側に行くわけでもないので、東京-京都の二重生活を最大限うまく活かして生活できるよう、動いていければと思うのです。
関西の仕事も増やして、会社の利益にもつながれば一石二鳥だし。
改めて、進みたい方向に向かって頑張ります。