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canno-shiのすこしみらいを考える

現在と過去を通じて少しだけ未来を考えるためのブログです。予測ではないですが、ありたい未来を考えていく気持ちです。

「ブラック企業」の入社研修周りで考える、産業の構造とそこに入社していく人々の変化のお話

ブラック企業」という言葉があちこちで聞かれるようになって早数年。
こうした企業の入社研修が非人道的、宗教的にみえることについては、様々なところでその例を見ることができます。
(たとえばNaverまとめなど。http://matome.naver.jp/odai/2137182942411312301

ただ、昔から厳しい研修は行われてきており(ガムテープで受話器を右手に固定されるなど)、
近年になってブラック企業が急増したわけではないと思います。

それどころか、いきなり辞めたりしないように、非常に優しい研修を組んでいる会社も多いと聞きます。

というわけで、本日はこれまでは当然だったことが「ブラック」と呼ばれ、
話題になる理由について、「産業構造の変化」と「個人の自己認識の変化」という2つのテーマから考えてみました。
4月となり環境が変わる方も多いと思いますので、少しでも自分の周囲を見つめなおすきっかけになればと思います。

1.産業構造の変化
みなさんが日常的に感じられていることだと思うのですが、バブル崩壊以降、
「安くモノを作れば売れる」時代から「差別化されたモノやサービスが売れる」時代に変化しました。

前者では、「安い値段」と「標準を満たす品質」が絶対的な価値を持つので、生産工程はより合理的、管理的になります。
予測の精度を上げ、不良品を減らすことがこの時代の勝ちパターンであり、これは労働集約的な営業会社も同様です。

ここでは「企業戦士」、もっと言えば「社畜」という言葉に示されるように、
社員は考えたり、趣味嗜好を持ったりする「ヒト」ではなく、健康で、指示通りに動ける「モノ」としての側面が重視されることとなります。

後者については、各種ブランド品やアップル、グーグルの名前を出せば足りるぐらいになってきてしまいました。
もはや「安い値段と標準品質」が差別化要因にならなくなった時代です。

「私たちだけがあなたのことを分かり、真摯に考え、上質な人生を約束します」や
「あなたのことは知らないが、私たちの創る世界を一緒に見たいと思わないか」といった
いろんなタイプのメッセージが出てくるようになったのも、すべては差別化のためといえるでしょう。

こうした時代に求められるのは、世の中に「ちがい」を創り出していく能力です。
そこで求められるのは、試行錯誤やアイデアの源泉となりうる「ヒト」としての価値が高い人間であり、
決して倒れるまで動き回れる「モノ」としての側面ではありません。

最近、理想的な組織を考える際に「失敗を許容する」とか「常識外れの意見も尊重する」といったような意見を耳にしますが、
それは全て「利潤を生む差別化を行うため」の方法論に過ぎず、「安くて標準」を求める企業には馴染まないでしょう。

逆に言うと、アップルやグーグルの社員が快適な環境で自由に振る舞っているように見えるのは、
決してこうした会社が人道的で社員に優しいからではなく、そうした方が利益が生まれやすいという、極めて合理的な理由による、と言えます。

とすれば、「なんで自分の会社はアップルやグーグルのように自由にならないのか」と思っている人は、
まずは自分の会社がどちらの時代かを見つめなおす必要があるということです。

2.個人の自己認識の変化
次に、人々の変化についての話に移りましょう。
個別の話をすると非常にややこしくなってしまうため、おおまかな話のみとなりますが、
私は、今の20代以下の日本人に大きな影響を与えているのは「資本主義の生活への浸透」と「学校の権威の低下」だと考えています。

まず、資本主義が生活に浸透したことで、家族が個人に分解されました。
もちろん、様々な理由があってのことだとは思うのですが、とても単純に考えた場合、
「1家族に1台固定電話を売るより、1人1台携帯電話を売った方が利益になるよね」
という力が働いたことが、20代以下の日本人に大きな影響を与えたと考えています。
そしてそこには当然、「お金があれば誰でも売買できる」という下地があったことも重要です。

さらに、学校の権威の低下により、子ども時代に個人が誰かの下に所属する、ということがなくなりました。
このことにより、自分の外にある規律や価値観を取り込んでいくという成長過程が、著しく損なわれたと考えています。
自分探しの背後に隠れている「自分は自分」ということが素朴に信じられるようになったのは、ここ数十年のことでしかありません。

つまり、お金という手段を出せば、ある程度自由にモノを所有できるようになったことと、
自分が誰か他の人の所有物ではないという考えが広まったことにより、
自分=所有するもの、外部=所有されるもの、という図式を、20代以下の日本人は他の世代に比べて、無意識的に持ちやすいと考えられます。
(恋愛に興味がなくなるとか、欲望がなくなったといわれる一方で、
ソシャゲのカード収集にはお金を使うのも、近い考え方で説明できると思います。)

以上2つのテーマから、「ブラック企業」が研修で行おうとしていることは、

・「ヒトとしての人間の価値」が優位となる時代において、何とか「モノとしての人間の価値」をつくり出すために、
・「他者から所有される」という考えが希薄な若者を所有しようとすることである

と言うことができます。
このように考えれば、「男は黙って会社のために働くこと」という考えがあった時代に比べ、
現代が彼らにとってどれだけやりづらい時代かは、一目瞭然です。

外部から見てどんなに非合理的だとか、疑問に思える内容であったとしても、
彼らは彼らなりに、時代の流れの中で事業を存続させることに必死なのだと言えるでしょう。

だからと言ってブラック的な会社を擁護する気はまったくありません。
時代に応じて変化していくことは必要不可欠ですし、淘汰されることも自然です。
とはいえ、すべての個人が「差別化の時代」に適応していくこともまた難しく、
全部の会社が「脱ブラック化」したら、それはそれで大変な社会になるな……という思いも、
一定数以上の方と共感できるのではないかと信じています。

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今回の記事の構想は、岩井克人氏と「資本主義から市民主義へ」で述べられている「商業資本主義、産業資本主義、ポスト産業資本主義への変化」や
「人間はヒトとモノの両方の性質を持つ」といった内容を参考にしています。
非常に面白い本でしたので、興味がおありの方はぜひ読んでみてください。